「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」感想/文学と心理学の交差点

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今日は「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」についてご紹介です。村上春樹ファンや心理学に興味がある方におすすめです。
小説家・村上春樹氏と心理学者・河合隼雄氏の対談が収められています。1996年に岩波書店から、1999年に新潮文庫として文庫化。

お二人は米国で出会われて親交を深めてこられました。河合さんの聞き上手ぶりがとても伝わってくる本です。

ユング心理学ご専門の河合さんの著書はこれが初めてでした。
この本の文字を追っているだけでも河合さんのゆったりとした包み込むような人柄が伝わってきて、追加で2冊の著書を一気読みしたくらい、魅了されました!

この本では、「個」の話、物語を創るということ、オウム・学生運動の話、翻訳の話などなど。

特に個人の意識を持って何かにコミットすることが難しい日本で、どのように村上氏が試行錯誤してきたか、「物語」を創ることと河合氏が日本に広めた「箱庭療法」と重なる点など興味深いです。


村上春樹、河合隼雄に会いにいく(新潮文庫)

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コミットメントの問題

村上氏曰く、日本ではどこにも属したくなくて米国に行ったが、そこでは個人で生きることが当たり前で、求めたものは意味を持たなくなった。と述べています。
以前は、デタッチメント(関わりのなさ)が自分にとって重要だったが、次のステージではコミットメントが必要だと思う。しかし日本では何にコミットすればいいか難しいと。

河合氏は、日本だと「みんなで一緒に個性を伸ばしましょう」とかよくわからないことになる、日本では個人を体感することは難しいだろうと述べます。

……確かにみんなで個性を伸ばそうとか、わけわからないですが言いそう。

学生運動とか、はたまた地域のボランティア活動とか、コミットしだすとベタベタになる。来たい時にくるとやる気がないと言われるとか。(これめちゃわかりますね…)

学生運動が叩き潰され、若者は何かにコミットする奴はばか、みたいな風潮になってなんにも属さない、無所属がかっこいいとされました。
しかし村上氏は外国で書き続けているうちに、その姿勢の転換が必要だと思ったのでした。

有名な話ですが、村上氏は毎日朝早く起きジョギングを欠かさず規則正しい生活を送っておられます。それもいわゆる作家イメージから離れるためでした。後半でも文体と身体性のつながりがより現代になって意識的に感じられるようになったと。
日本の純文学・私文学のべたっとした感じが苦手で、日本の文壇の雰囲気に耐えられず、自分なりのスタイルを築こうと思い試行錯誤してきたよう。
この話は「職業としての小説家」という文庫にも載ってます。
だから村上流の文体というか、特徴的な文体なんですね。

学生運動のように、体制の反対の裏返しは本質的に体制に組み込まれたものになり、今の若者はその結果の空しさを知っています。

体制の裏がえしの反抗ではなく、「ほとんど何もないところに、自分の手でなんとか道を拓いて、僕なりの文学スタイル、生活スタイルを築き上げて」いくこと。そこから新しいものが生まれるし、それは図式的に考えた反抗へのコミットメントが、頭だけのことで線香花火的に消えていくのに対して、「自分なりのスタイル」を築くために、自分全体をあげてのコミットメントをしなくてはならなくなる

村上春樹、河合隼雄に会いにいく(新潮文庫) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.407-411). Kindle 版. 

いまは、精神的なコミットメントの問題で大きな変革の地点にいるかもしれない、何か新しいムーブメントが起こることを期待していると。

日本と欧米の「個」のちがい

河合氏は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)は欧米より日本に少ないと述べます。
理由は、日本人はショックを個人で受け止めずに全体で受け止めるからとのこと。
それは、1人で受け止めて悩む力がないともいえるし、症状を形成する力がない。(責任はみんなにあるんだから)わたしのことを何とかしてよという人が多い。

日本人はフィールド・アイデンティティー。その場その場をアイデンティティーの基礎にしてしまう、韓国・中国は家族一門が強いので、ファミリーからデタッチしたい人が増えると。

河合氏による、ヨーロッパから日本に輸入して広めた箱庭療法についての説明がとても興味深かったです。 
いまの米国では言語による説明・科学的療法が主流だが、言語で説明できることは意識に近いから治療しやすい。
対して心の奥にあるものは難しく、言語説明によって傷つくことがあると懸念されています。

村上氏・河合氏は、「物語」を創ることと心理療法という双方の仕事のなかに共通点を見出します。

箱庭療法とは……砂箱の中に色々ミニチュアを置いてもらって作品を作る表現療法。言語的説明を行うこともある。

物語と自己治癒

村上氏は、小説を書くことは自己治療的行為だと述べます。
何かのメッセージを書くという人もいるかもしれないが、自身は、自分の中にどのようなメッセージがあるのかを探し出すために書いているとのこと。

人々は実はもっと素朴な物語を求めているのではないだろうか?というところが印象的でした。

「物語」が現在、「あまりにも専門化し、複雑化しすぎてしまったのかもしれない」でも人はもっと「素朴」な物語を求めていた。そこにオウムがあった。

「オウムの物語」の問題点は、素朴な物語に、現代のテクノロジーという、まったく異質のものを組み込んで物語を作ろうとしたことだと思っています

村上春樹、河合隼雄に会いにいく(新潮文庫) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.750-751). Kindle 版. 

 

夫婦と井戸掘り

あと、そうだなーと思ったのは「夫婦とは一緒に苦しんで井戸掘りをするためなんだ。」
楽しくなくて辛いこともたくさんあるから、一部の人は井戸掘りを放棄したり、またあちこち別の人としたり。

もちろん井戸を掘ることは面白いことであり、他に代えがたい経験なのです。と河合氏はフォローして強調していましたが。同感です。


河合氏は2007年に亡くなっています。
他に、小川洋子氏との対談や「コンプレックス」という本も読みましたがわかりやすく腑に落ちるものがありました。今の時代にも必要な方でした。

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